水清ければ魚棲まず … ある僧侶と熱帯魚 / ふと想起される言葉 vol. 69

 

 

木の花ガルテンももち浜店の店先で、メダカが売られている。

 

『 日田天領めだか 』 … か …

そういや昔、熱帯魚飼ってたな …

 

 

そして、ある僧侶のことを思い出した。

 

かつて、仕事帰り、家の近くの赤ちょうちんでよく飲んで帰った。 

 

そこで、ある僧侶と知り合った。

 

店から少し離れた寺の僧侶で、僧衣を着ているわけではないので、言われなければ僧侶とわからない。

 

穏やかで、どこか生真面目さを感じる人だった。

 

 

 

” 酒なんか飲んでいいの  … ”

 

「 僧侶の戒律 」なんて野暮なことは言わない。

今のご時世故に、なおさら色々難しいんだろう  … ってね。

 

ある夜のこと。

” グッピーを飼っていたのです ” と突然言う。

 

毎日毎日、寺の近くの谷川まで水を汲みに行って、一所懸命育ていたのに、何度も何度も死んでしまう。つい憤怒し、水槽も何もかも捨ててしまったと。

おそらく、その清流に棲むウグイやアブラハヤなどを思起して飼おうとしたにちがいない。

 

当時、私はグッピーやネオンテトラなどの淡水の熱帯魚を飼っていて、飼育に必要なそれなりの知識は持っていた。

 

その時分、売られていたグッピーの多くは、東南アジアなどの外国産。

産地の水には多くのバクテリアが含まれていたにちがいないし、谷川の水では、水温が低すぎたのかもしれない。

 

人間でもよくあること、” 水が合わない ” とおんなじ。

 

” 水清ければ魚棲まず " に例えて、淡水熱帯魚の飼い方の話をした。

 

それを聞いたその僧侶は、思い詰めたように顔を真っ赤にして黙った。

僧侶の健気な行いを否定するかのように聞こえたのかもしれない。

その日以降、しばらくの間話しかけてこなかった。

 

ふと、その夜のことを思い出した。

メダカか …  飼ってみたいな …

 

 

 

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