クラウセヴィッツ『戦争論』 / ふと想起される言葉 vol. 106

 

 

米国では、ベトナム戦争敗北症候群で低迷する1975年から80年代前半にかけて、国防総省において「米軍がベトナムにおいて局地の戦闘で勝利を重ねておりながら、結果的に不名誉な敗北と撤退を余儀なくされたのは何故か?」という課題研究に、きわめて真摯かつ粘り強く取り組んだ。

 

このとき、「軍事古典研究」分野を主導したのが、戦略研究家の故マイケル・I・ハンデル教授だった。

 

時の国防総省は、全国の大学や研究所に散在する『 孫子』やクラウゼヴィッツ『戦争論』、 ジョミニ『 戦争概論』などの軍事古典の研究者たちと、陸・海・空・海兵隊四軍の大佐・中佐クラスの高級将校らを糾合し、一見、迂遠とも思われる基礎的な軍事古典の研究を地道に行わせた。

 

その研究成果は、ワインバーガー国防長官が行った「軍事力の行使」という演説に結実し、86年の「国防報告」に反映され、その後「 ワインバーガー・ドクトリン」と 呼ばれて今日に至って いる。 

 

 

 

 

戦争を論じた不朽の名著として中国春秋時代に孫武が著した『 孫子』と、ナポレオン戦争の洗礼を受けたプロイセンの将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツが著した『 戦争論』は、東洋と西洋とを代表する軍事古典の双璧だ。

 

とりわけクラウゼヴィッツの『 戦争論』は、冷戦中は、西欧諸国をはじめソ連・東欧の諸国はもとより、イスラエル、インドネシア、ペルーのほか、最近ではキューバ版、中国語版、アラビア語版も出版され、世界中で読み直されてきた。

 

また、アメリカの国防総合大学、ローマのNATO大学、フランスの高等国防研究所、イギリスの王立国防大学、ドイツの連邦軍指揮大学校での文官を含む高級指揮官教育では、総合戦略における政治指導と軍事指導の問題が、『 戦争論』の教義に基づいて広く討議され、これらの大学には「ソ連とワルシャワ条約機構をより深く洞察するため」に、『戦争論』を研究するという底流があった。

 

冷戦後は、ソ連の崩壊や湾岸戦争でのアメリカの勝利に、あるいは中国人民解放軍の近代化に、『戦争論』の教義が深く関わり合っていることが明らかになり、『 戦争論』の盛行は今も続いている。

  

『戦争論』が、今日まで長く読み続けられているのには いくつかの理由がある。

 

一つは、戦争の本質が非常に的確に述べられていること。

二つ目は、戦争と政治、政治と軍事などについて、他の本にないほど多くの頁を費やして詳しく論じていることである。

  

 

 

さて、2月24日に始まったロシアのウクライナへの軍事侵攻。

 

我が国では、米国やNATOを中心とする欧州は「善」で旧ソ連だったロシアは「悪」、「プーチン大統領による侵略戦争」だとほとんどのメディアが報じている。

 

日本人は、安直に善と悪の役割をいずれかに当てはめて物事を見がちだが、戦争とはそう単純なものではない。

 

かつて、米国はアフガニスタンやイラクに軍事侵攻した。

2003年に勃発したイラク戦争は米国による軍事侵攻である。

米国はイラクが大量破壊兵器を保持していると主張し、これを大義名分にしてイラクに軍事侵攻した。国連決議違反の行為でもあった。

 

しかし、イラクから大量破壊兵器は発見されなかった。

この戦争で多くのイラク市民が犠牲になっている。確定した数値は存在しないが、少ない推計で10万人、多い推計では60万人の市民が犠牲になっていると。

 

キューバでは時の政権を倒すために、CIAは、キューバのいわゆる民主化グループを支援するという形で様々な謀略をめぐらし、リーダーの暗殺まで行った。

 

ウクライナでも、米国は民主化支援という形でCIAとは別に、『 全米民主主義基金(NED)』などを使って政権転覆を行った経緯がある。2004年の「オレンジ革命」だ。

 

 

経済評論家の植草一秀氏は、今回の軍事侵攻でバイデン大統領は、

 1. ロシアを悪者に仕立てる

 2. 米国産天然ガスを高値売却できる

 3. 軍産複合体に販売促進機会を与える

 4. 大統領支持率を引き上げる

 5. 子息のウクライナ疑惑を封殺する

 

という一石五鳥の成果を得られると述べている。

同感だ。潤うのは米国ばかりだ。 

 

 

 

  

ところで、北方領土問題の解決が遠のいたとコメントする人がいる。

無明としか言いようがない。

 

そもそも、日米地位協定が見直されない限り、領土問題の進展などあり得ない。

 

ロシアが米国の属国である日本に島を返すわけがない。

 

日米安保、日米地位協定、集団的自衛権 … 

 

今こそ、日本という国のかたち、有様を改めて考えるべき時だ。

 

 

   ※    ※    ※

 

 

クラウセヴィッツの『戦争論』を買ったのは20年ほど前のこと。

 

難解だ。

 

おまけに、文庫本は文字が小さく、今は読むのが辛い。

人様にお薦めするのははばかられる。

 

ルソーの『 戦争法原理 』、「 サン=ピエール師の永久平和論抜粋 」、「 永久平和論批判 」の方が万人向きかな …

 

それにしても、クラウゼヴィッツの『戦争論』を脳裏に刻み込んでいるであろうプーチン大統領。今般の行いは、『戦争論』に反する愚行であり蛮行だ。

その心中は …

 

古今東西、戦禍に苦しむのは庶民だ。

人類は、またその歴史に愚かさを刻むのか …

 

 

 

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